そして誰もいなくなったドラマのタイトルの本当の意味と結末を考察

      2017/01/07

日本テレビ系日曜22時30分「そして、誰もいなくなった」(そし誰)。

8月14日放送の第5話の放送終了後の時点でのタイトルの意味の考察をしていきます。

最終回のネタバレと一連の事件の真相はこちら。)

タイトルの本当の意味は?

5話終了時点での、7つの罪の意味の考察とそれに基づく結末予想はこちら

7つの罪の意味や犯人は誰なのか、という予想や考察は別の記事でしているので、ここではタイトルの意味について改めて考察していきます。

というのも、「そして、誰もいなくなった」というタイトルからまず1番に連想するのは、みんな死んでしまうということだと思います。

でも、これって安直な気がします。

既存ネタという感じです。

次に、あの藤堂新一の状況から見て、味方が誰もいなくなるということも考えられると思います。

第5話の時点で、新一は、実は自分が信用していたまわりの人達が自分の敵だったと知ってしまっていますが、結果として、日下、砂央里、馬場が仲間になっています。

最終的には、やはりこの3人も敵だった、ということでみんな敵ばかり…という展開、これもありだとは思うのですが、でもなんだかしっくりこない。

そこで、ふと思いついたことがあります。

人がいなくなるという認識=パーソナルナンバーがない

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第5話の時点で、何度も出てきた言葉。

「わたしもパーソナルナンバーがない。」

「名前は…意味がない」

みたいな内容の言葉です。

日下や砂央里、馬場たちは、人として、この世の中に生きているのに、存在しないはずの人間。

名前は仮名であれ、本名であれ関係ない。

これって、システム上のものですよね。

パーソナルナンバーがないから、というか、たったそれだけの理由で、いない人物とされている。

それは、新一もまさに同じで、しかも、新一がこの世に存在しない人物となる様子を第5話までに視聴者は痛いほど見せられてきたんです。

これこそがいなくなったということでしょう。

だって、クレジットカードやキャッシュカードがつかえない、婚姻届も出せないなど…それだけならまだしも、犯罪者として指名手配すらできないんですよ、今の新一は。

あのドラマの世界の日本では、新一の存在をどういう形でも処理できないんですから。

そして、誰もいなくなったとは?

このことから考えて…誰もいなくなったというタイトルの意味は、日本に人間は沢山存在しているのに、その人間たちの情報がシステムから消えてしまい、把握できなくなり、誰もが誰もでもないそんな社会になってしまうという、大掛かりなシステムエラーの社会なのではないか、と。

あの小山内の務める総務省が、パーソナルナンバーの管轄であり、そのためのシステムを藤堂新一は作っていたわけです。

ミスイレイズをつかえば、人の存在を消すのは簡単。

つまり、結果として、ミスイレイズを使って、犯人が、もしくは、ミスイレイズのシステムが暴走するなりしてしまい…パーソナルナンバーで管理していた日本国民のデータがネット上から全て消えてしまうのでは?

それがある意味、あの犯人が言っていた「孤独な世界」「平等な世界」を意味しているのではないかとそう考えます。

ただ、犯人(本当の黒幕)の正体や、その裏にある犯人の目的などを考えると…辻褄などを合わせて考えることは難しいので、漠然としたタイトルとパーソナルナンバーの繋がりの考察でしかありません。

まとめ

「そして、誰もいなくなった」というタイトルが意味する結末は、誰もがパーソナルナンバーをなくしてしまうということ。

実際の、今の日本では考えられませんが、あのドラマの中の日本では、パーソナルナンバーで人を管理するというのがもう当然のこととして定着してしまっているので、ナンバーがなくなることが人として存在しないことを表し、人が存在していても誰もいなくなる状態になるというのは、あり得るのではないかと考えました。

※当サイトでの他記事で予想している結末や犯人予想と、このタイトル考察は辻褄が合わない部分もあります。それとこれとは別の考察として受け止めてください。

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