真昼の悪魔原作遠藤周作の小説のネタバレ!結末とあらすじは?

   

フジテレビ系(東海テレビ)土曜23時40分~放送の土ドラ「真昼の悪魔」。

田中麗奈さん、中村蒼さんが出演され、話題のドラマです。

このドラマの原作は、遠藤周作の「真昼の悪魔」という小説です。

ここでは、ドラマの原作小説のあらすじと結末をまとめています。

原作小説 主な登場人物

・大河内

美人で若い女医。

少女のように無邪気な一面も。

中学生のころからずっと空虚感を抱えているが、そんな姿を職場などでは一切みせずに演じながら生活をしている。

・難波

男子学生。

結核と診断されて入院している。

・浅川

難波の担当の女医。

・田川

難波の同室の患者の担当女医。

・渡来

難波の同室の患者の担当女医

・吉田講師

浅川、大河内、渡来、田上の教授。

・加能

難波の前にそこに入院していた患者。

・大塚

銀座の有名な時計屋の息子。

大河内のことを狙っている。

・芳賀(はが)

父親の入院につきそっている男性。

・神父

聖イグナチオ教会のウッサム神父。

上智大学の聖職者で、すぐれた哲学者。

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原作 あらすじ

ミサでの神父の悪魔の話

ある日の聖イグナチオ教会ではミサが行われていた。

そこで神父が悪魔の話を始めた。

エクソシストというアメリカの映画化もされた小説、それは少女にある日突然悪霊がとりつき、その少女の母親が悪霊を少女から追い出そうとあらゆる努力をする話だ。

神父はこのエクソシストのモデルとなった出来事が実際にアメリカであり、その事件に立ち会った神父は、その神父の伯父だったと話した。

しかし神父は伯父が立ち会った件については、悪霊の仕業だったのではなく精神錯乱によるものだっただろうと考えていた。

なぜなら、神父は悪魔というのは普通みなが間違って考えているように人間を狂人にさせたり奇怪な行動に走らせたりは滅多にしないからだ。

神父は悪魔というのは、みんなが想像する顎や耳がとがった姿のものや、怪物のような姿はしていない、と説明した。

「悪魔は自分が悪魔だと訴えるような姿を少しも持っておりません。悪魔はホコリに似ています。ホコリは目立たず、わからないように部屋の中にたまっていきます。目立たず、わからないように…悪魔もそうです。アンドレ・ジイドというフランスの小説家がうまいことを申しました。悪魔の最大の詭計は、自分が存在しないように人間に思わせることだ、と。」

神父はそう話した。

そのミサに参加していた一人の美しい若い女医がいた。

女医は大河内という。

自分の心の空虚感をかかえており、空虚感や白けた気持ちが癒されるかと思い、ここ1年ミサにかよってみていたのだが、何も変わらなかった。

中学生のころから空虚感を感じていきてきた。

勉強で優秀な成績をとっても、恋愛をしてみても、心が満たされたことはなかった。

恋愛ではなく、一度限りの男性との関係にものってみたことはある。

そういうことに抵抗はないが、そんなことをしてみても、空虚感を満たすような悪の快楽は感じられなかった。

あるとき、大河内は、男に誘われ、「一つだけ条件があるけどいい?」と言ってホテルの部屋について行った。

大河内は男と部屋に入ると、ホテルのアメニティにあった簡易ソーイングセットを手にとり、男に「てのひらを机の上にのせて」と言った。

男が言われたとおりにすると、男の手の甲に縫い針をつきたてた。

男は悲鳴をあげた。

しばらくすると、大河内は針をとってやった。

そして、約束通りにその男性に抱かれた。

大河内の心には悪いことをしているという快感は一向におきなかった。

白々とした気持ちで、大河内は男の部屋を出たのだった…。

悪とはなんだろう…

大河内には悪が何なのかわからなかったし、良心をえぐるような辛さを感じることができなかった…

ミサの後、大河内は勤め先の病院へ。

担当患者の様子を見ると、自分たちの研究室へ戻った。

そこには、実験用のハツカネズミがいる。

誰もいない研究室で、大河内はハツカネズミを一匹捕まえて手の平の中へ。

そして目をつぶり、そのまま強く手を握った。

ネズミは大河内の手の中で息絶えた…。

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難波の入院

ある日。

難波は病院にいた。

2週間前に風邪をひき、その風邪はほぼ治りかけていたのだが、町医者で「断面写真をとったほうがいい」と言われて紹介状を書いてもらいこの病院へやってきたのだ。

この病院は女子大の付属病院のため、若い女医がたくさんいた。

男性医師が診察するのを4、5人の女医が勉強のために見ている状況だ。

その病院で、難波は結核と診断され、入院することとなった。

昔とは違い、結核は今や治る病気だ。

半年くらい治療すれば治ると聞いているが親には心配かけたくなくて3ヶ月で治ると説明した。

難波は4人部屋に入ることになった。

難波の主治医は浅川という若い女医だった。

ここの病院は、若い医局員がそれぞれの患者に担当でつき、その女医たちは、教授の指示のもと、患者の治療をしている。

担当の教授は吉田という男性で、吉田の診察は週に1度で、それ以外の毎日の診察は主治医が行うのだ。

難波は、自分のベッドのそばにかかっているカレンダーの日付に印がついていることに気づいた。

このベッドを前につかっていた人が退院の日に印をつけたのだろうと考えた。

同室の人に聞くと、そのベッドを前につかっていたのは加能という男性だということがわかったが、退院したのでも亡くなったのでもなく、どうやら、自分の病気を悲観して勝手にどこかに行ってしまったよう…何かわけありな様子だった。

その日、同室の患者の担当女医、大河内、田上、渡来がそれぞれの診察にやってきたとき、優しく難波に声をかけてきた大河内に、難波は「ここに入院していた人って?」と聞いた。

大河内は「自発的に退院しただけですよ。自分の病気以外のことに神経質になっちゃだめですよ」と言った。

武と京子

ある日。

大河内が院内を歩いていると看護婦が男の子と女の子を連れているのと出くわした。

その看護婦は看護師寮に食事に行きたいのだが、子供たちがどうしても離れないというのだ。

大河内は、看護婦からその子供たちを引き受けることにした。

その子供たちは、知的障害の子で、武と京子と言った。

大河内は、そのとき前にミサで聞いた話を思い出す。

「これらの幼き者の一人を躓かせる者は大いなる臼にかけられ海に投げ込まれるがましなり」

悪を知らない無垢な子供の心に悪のシミをつけることほど大きな罪はない、子供を悪に誘う大人は臼を首につけられ海に投げ込まれても、その罰は足りないという意味だ。

大河内にはそれがどうしていけないのかよく理解できない。

大河内は子供が無垢だという風には思えなかった。

自分が子供のころ、無邪気で無垢な子供を装っていただけで、周りの大人はそれを無邪気で無垢な天使のような子だと信じて疑わなかった…。

子供は抵抗力ではないだけだとそう大河内は感じていた。

大河内は高校生のころ、「悪霊」というドストエフスキーの本を読んだ。

その主人公は子供を躓かせた。

大河内は高校生のころ、それを読んで、主人公に嫌悪感を覚えたものの、一方でその主人公の気持ちがわかる気もした。

主人公も、大河内と同じように空虚感を感じていて何事にも無感動な毎日を過ごしていたのだろうと思ったからだ。

世間がいやらしい悪とするはれんちな行為を自分がしてみることで自分が胸の奥底から強い呵責を覚えるかどうか試したのだろうと。

そう思ったものの、高校生の大河内は教師に読後の感想を聞かれると「難しくてよくわからなかった」と答えた。

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ホームコンサート 大塚との出会い

数日後。

大河内は吉田講師に誘われて、ホームコンサートへ行く。

画家のアトリエで開かれているそのホームコンサートには15人程度の客が来ていた。

コンサートの後はビュッフェパーティーで、そのとき吉田講師は大河内をいろんな人たちに紹介してまわった。

その中の1人に大塚という男性がいた。

武とハツカネズミ

ある日曜日。

人の少ない病院で、一人で遊んでいた武に声をかけた。

そして自分の研究室へつれていく。

ハツカネズミに触れさせてみると、武はきもちよさそうにした。

「名前をつけましょう、京子ちゃん」と大河内。

京子という先日武と一緒にいた女の子の名前をねずみにつけた。

その上で、武にネズミを握る手に力をこめさせた。

ネズミが動かなくなると手を広げさせた。

ある土曜日。

難波は暇つぶしに病院のうしろ側にあるテニスコートをのぞきに行った。

普段は白衣を着ている女医たちがテニスを楽しんでいる。

そのテニスを看護婦と一緒に、武と京子も見ていた。

難波は武が手にトカゲを握っていることに気づいた。

看護婦にそれを伝えると、看護婦は武にやめるよう言う。

武が手をひらくと、動かなくなったとかげが地面におちた。

そのトカゲを見て武は「京子ちゃんだ」とつぶやく。

看護師は「何いってるの!」と叱った。

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