嵐の涙第19話ネタバレあらすじ感想両親の出会いと出産秘話

      2017/01/05

フジテレビ系(東海テレビ)昼ドラ「嵐の涙」。

2月25日放送の第19話あらすじ感想をまとめました。

第19話 あらすじ

まき(遠藤久美子)が剛太郎(宅間孝行)から送られてきたというハガキを見せると、そこに書かれた絵のタッチが雄介の絵のタッチに似ていると感じ里子(佐藤江梨子)は動揺した。

「亡くなられたご主人は確か絵描きさんでしたわよね。」とまき。

里子は雄介とのことを話した。

「里子さんは恋愛結婚か、素敵だな。わたくしは枝川流の後援会の方の紹介が縁で主人と出会ったの。だからお見合い結婚みたいなものね」とまき。

「わたし、まきさんのご主人ってとても素敵な方だと思います。出張先から絵葉書を送ってきたり、出張が長びくって連絡をくれたりしてきっといつもまきさんとすみれちゃんのことを考えている証拠だと思うから」と里子。

「ありがとうそう言ってくれて。わたくし10年前に剛太郎さんと出会っていなかったらどうなっていたかわかりません。わたくし、事故に遭って母をなくし、失明をして8年間自分の殻に閉じこもっていて、生きていても生きている実感を感じたことがなかったんです。最初の1年間はわたくしも病院で生死をさまよいやっと生きていけるまでに回復しました。2年後、絶望の現実を目の前にして、死にたい…そのことばかりを考えていました。でも、死ぬ気力もありませんでした。5年目、この年が一番つらかった。一生懸命訓練をして家の中枝川会館の中を不自由なく生活できるまでになったのですが、ちゃんと生活できる自信が出てきたのと引き換えに私の未来はどうなってしまうのだろう、このまま一生一人で生きて行くのか、そんなときお父様がまきを絶対幸せにする、結婚相手を見つけ出す、だから安心しなさいっておっしゃってくださったんです。だから私はお父様を信じて待ちました。失明をして6年7年8年が過ぎようとしていたある日、お父様が剛太郎さんとの縁談を決めてくださったのです。わたくし、お父様を信じて生きてよかったって思いました。ですが、剛太郎さん、わたくしと出会う直前に事故に遭って記憶喪失に。10年前の事故でそれより前の記憶が全て失われてしまったのです。」とまき。

「10年前に記憶を失ってしまったということは生まれてからそのときまでの記憶がないってことですか?話したり計算したり記憶以外の能力はあるのに記憶だけがないってことですか?そんなことってあるんですか?」と里子。

「わたくしも最初はそう考えました。悪いことを企んでいるんじゃないかと考えました。一緒に暮らしているうちにこういうことって本当にあるんだなってわかったんです。それどころか目の見えないわたくしにはものすごく理解できるようになったんです。わたくし目が見えないようになってから、他の能力、例えば、触感や聴覚がものすごく敏感になったんです。剛太郎さんの記憶喪失もきっと人間の不思議の一つだと感じました。わたくし、剛太郎さんと出会えて、すみれを授かることができて、これから生きて行く人生、勇気を持つことができたんです。」とまき。

「まきさんにとってご主人はまきさんにとってまきさんの命そのものなのかもしれませんね。」と里子。

「もし万が一、剛太郎さんを失うようなことがあったらわたくしは絶対に生きていくことができないと思います。」とまき。

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「本当にかけがえのないご夫婦なんですね」と里子。

「はい」とまき。

「素敵だわ、そう言い切れるなんて」と里子。

「ありがとう。」とまき。

そのころ、すみれ(舞優)の部屋に春子(ほの花)はいた。

春子は宮崎(斉藤陽一郎)がスランプだから招き猫を作ってると説明した。

「でも、招き猫も常鍋焼です。ですから枝川会館でみなさんで招き猫を作るのはどうでしょうか。」とすみれ。

「はい、いいと思います」と春子。

「それではそういたしましょう」とすみれ。

「ねえ、学校って宿題沢山出るの?大変?」と春子。

「そんなことはないわ。でも今日はわたしが生まれたときのお母様の気持ちを作文にしなさいっていう宿題が出たの。お食事のときにお母様にお聞きして今日中に作文にまとめて提出しないといけないの」とすみれ。

そのころ、宮崎工房では…

宮崎が粘土を練っていると、そこへ藤村がやってきた。

「本気を出そうとしているようだな。お前にお父さんの話をしてしまって、本当によかったのかどうか気になって仕方がなくてな」と藤村。

「お話いただけて有難かったです。先生がお見えになったあの日、陶芸家を辞めようか迷い始めていたんです」と宮崎。

「そうだったのか、それで今はどうだ?」と藤村。

「石にかじりついてでも、一人前の陶芸家になるようがんばります。それが私を育ててくれた親父にも供養だと思っています。」と宮崎。

「そうか、そのことを聞いて安心した」と藤村。

「ですから、基本中の基本粘土の菊練りから練習をしていたところなんです。」と宮崎。

「それじゃあわたしが菊練りをやって見せよう。」と藤村。

藤村はコツを説明しながら菊練りをやって見せ、宮崎はその手元をじっと見ていた。

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枝川家では…

大造(雷竜太)と、すみれ、まき、里子、春子で夕食をいただく。

春子は「お母さん、フォークとナイフはこうやって持つんだよ」と言う。

「こないだお伺いしたときに教えていただいたのね」と里子。

「うん、でも全然これじゃおいしく食べたられないから、しょぼんってしていたら、大造先生が好きなように食べていいよって言ってくれたの。だから、フォークだけで食べる。いいですよね?大造先生?」と春子。

「いいとも」と大造。

「お母様、お聞きしてもいいかしら。今日学校の宿題で私が生まれたときのお母様の気持ちを作文にまとめるよう先生がおっしゃられたのですけれど、お母様すみれを産んでくださったときのことを教えてください。」とすみれ。

「わたしもお母さんのこと聞きたい!教えて!春に生まれたから春子って名前をつけてくれたんだよね。お父さん絵描きさんだったんでしょう。お父さんと出会ってわたしが生まれたころの話も聞きたい!」と春子。

「お母さん、子供のころから学校の先生になりたくて、先生になったの。先生になってその学校で春子のお父さんになる人と出会ったんだ。お父さんは絵描きさんだったの。でもスランプになってそのときは学校の先生をしていたのものすごく正直な人で誰にでもやさしい人だったわ。春子のお父さん真っ直ぐな目で結婚してくださいって言ってくれたの。お母さんもお父さんのこと大好きだったからよろしくお願いしますって言って結婚したのよ。」と里子。

「それじゃあお父さんとお母さん出会ってすぐに結婚したんだ。」と春子。

「そうよ。それから1年して春子をお腹の中に授かったの。5ヶ月くらいまではおとなしかったわよ。でも、6か月をすぎたあたりからお腹の中で蹴り始めるようになって。一年間の約束で学校をお休みしたの。春子を出産するまでの間、お腹の中の春子にいっつも話しかけてたのよ。思いついたことは何でも話しかけてたわ。」と里子。

「そうだったんだ。それで私が生まれてきたときはどうだったの?」と春子。

「陣痛が起きてすぐに産まれてきてくれたわ。安産だったわよ。春子が生まれてもう100日は過ぎていたんだけど、春子のおじいさんがお食い初めの儀式をするぞって言いだして、儀式をしたの、そのときはよく泣く赤ちゃんだったわ。楽しかった思い出。」と里子。

「お母様、今度はわたくしのお父様と出会ってから私が生まれるまでの話をお聞かせください」とすみれ。

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